縄文人立話

縄文人A、Bのたわいのない立話。ちょっと立ち聞き。

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ダジャレと縄文時代

縄文人A:ダジャレってどう思う?
縄文人B:くだらないと思う
A:どういう意味でくだらないと思う?
B:そのまんまの意味でくだらないと思う
A:おい、お前は弥生か?
B:縄文人だよ、ダジャレと関係あるのかよ。
A:あるよ。この弥生野郎、米でもくらえ!
B:だから米を投げつけるんじゃないよ、もったいないだろ。
A:じゃあこうしてやるよ、高田馬場にいる貧乏大学生に心温まる手紙も同封して送りつけてやるよ、この弥生野郎、米でもくらえ!
B:何言ってんだよ、それじゃあただの仕送りじゃねえか! もうわけがわからねえよ!
A:お前ダジャレをバカにしてんだろ!
B:いやだってダジャレでしょ。いわゆるオヤジギャグ的なあれでしょ。ふとんがふっとんだとか、犬がいぬ、とか
A:だからお前は弥生野郎だって言ってんだよ。ダジャレっていうのはな、言葉に真摯に向き合って、始めて生まれる、きわめて高度な言葉遊びなんだよ。かの知の巨人が、もう一人の知の巨人との対談でこんなことを言っていたんだ、「ダジャレは帰りの燃料積んでないからな」この言葉からもダジャレの切実さがわかるだろ。
B:なんだよ、帰りの燃料って、零戦みたいなこと言ってんじゃねえよ。誰だよ、その知の巨人っていうのはよ!
A:リリーフランキー先生に決まってるだろ!
B:サブカルじゃねえか! 哲学者みたいに言うんじゃねえよ!
A:サブカルをバカにすんじゃねえ、そのメインカルチャーとかアカデミズムがえらいって発想も弥生的だっていうんだよ。大和朝廷がそんなにえらいんか!
B:そんなこと言ってねえだろ、ちなみに対談相手のもう一人の知の巨人は誰なんだよ。
A:みうらじゅん先生に決まってるだろ!
B:だと思ったよ! いいからダジャレのどこが素晴らしいっていうんだよ、説明してみろよ。
A:いちいち説明しないとわからなのかねまったく。これだから…。いいか、ダジャレっていうのは言葉遊びなのはわかるよな。簡単にいうと、音が同じで違う意味の言葉が一つの短い文章に二つ以上含まれている。のがダジャレの定義といってもいいだろう。もちろん厳密に音がまったく一緒じゃなくても音の雰囲気が似通っていたらそれもダジャレだ。じゃあどんな時にダジャレは使うと思う?
B:おじさん社員が若い女子社員と仲良くなりたい時かなあ
A:そうだ、ただそこで重要なのは、「おじさんは本当は下ネタが言いたいんだけど、品のいいおじさんはダジャレで我慢している」ということだ。それ以外にも例えば、落語の小咄や、ネズッチでおなじみの謎かけも、オチはほとんどダジャレの定義に入るだろう。「品の良いおじさんのコミュニケーション方法」と「落語」や「謎かけ」は、くだらないか?
B:下ネタを我慢するおじさんはおいておいて、「落語」と「謎かけ」は確かにくだらなくはないかな。
A:ラップはどうだ。おじさんが言ったらダジャレ、B-BOYがフロウに乗せたらラップなのか?
B:確かにラップも定義で言えばダジャレの範囲内だな。
A:それだけじゃないぞ、耳に残る企業のCMやキャッチコピーはよくよく聞いてみるとダジャレだったりするだろ
B:セブンイレブン〜いい気分〜、はっ!
A:ラップやキャッチコピーでダジャレが使われるのは言葉を重ねると当然ながら言葉を強調して印象に残す効果があるからなんだ。それはもうほとんど言葉によるレンブラント光線みたいなものだ
B:レンブラント?
A:(無視して)しかも強調するだけじゃない。言葉を合わせるということは、言葉の意味すら少なくとも倍になるということだ、「少なくとも」と言ったのは、人は言葉と言葉の対比に意味を求める生き物だからだ。
B:例えば?
A:例えば、「有るか無いか」と「歩かないか」のダジャレがあったら、その言葉の対比で、そんなこと言ってないのに「探しに行く」って意味を感じちゃうんだ。
B:おーこれはわかりやすい。あっそうだ「お金はおっかねー」とかもそうなのかな。
A:そうそう、まあそんなにわかりやすくなくてもいいんだ。「究極」と「九曲」をダジャレにしたら、言ってる人の音楽センスとか、自分だったらどれを選ぶのかとか残りの1曲はなんだとか、色々想像しちゃうだろ、こんな風に言葉と言葉を合わせることって何重にも意味を重ねることができるんだ。
B:おおー確かにそうだな。そう考えるとダジャレってものすごい効果があるんだな。
A:もちろん、いいダジャレにするにはそれなりの高度なテクニックと豊富な語彙と古今東西の知識がないとできない。そして受け手にもそれを求められるわけだ。
B:もちろんユーモアでもある。
A:そう。そして多くの場合即興だ。だからダジャレは極めて知的で高度な言葉遊びなんだ。
B:で、どこが縄文的なんだよ。
A:縄文ZINE4号のアイヌ特集で「チャランケ」の説明が載ってたんだけど読んだ?
B:アイヌの言葉による紛争解決法でしょ、意見が分かれたら暴力ではなく言葉を尽くして、時に韻文で、故事来歴や神話を織り交ぜて、決着がつくまで話し合うっていう。
A:そう。アイヌをそのまま縄文に置き換えるわけじゃないけど、アイヌ同様文字がない時代は、言葉が今以上に重要な役割を持っていただんだ。手紙も契約書もない時代。であれば、どう効果的に言葉を伝えるかが重要なことだったに違いないだろ。そうなったらテクニックとしてのダジャレは今とは比べ物にならないくらい重要だったはずなんだ。自分の言いたいことや、集落を代表して言いたいことを、リズムに乗せたり、韻を踏んだり、言葉を合わせたり、ユーモアを交えたり。
B:もちろん人間だから軋轢もあるだろうし、そういう時にはユーモアも必要だし、説得力のある言葉も重要だしな。
A:わかったか。ダジャレくだらなくないってことが。
B:いつもはわけわかんねえことばかりだが、今回はお前が正しい。ダジャレはくだらなくない。
A:じゃあ今からお前の顔面に米を投げつけるからな。
B:おいっマジな顔して言うのやめろ!
A:お米を投げて、こめったな〜
B:……。
A:とにかく、リリー先生の教えからもわかるように、一度口にしてしまったらもう戻れないんだからな。