縄文人立話

縄文人A、Bのたわいのない立話。ちょっと立ち聞き。

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旅に出る理由と縄文時代

A:人はなぜ旅に出ると思う?
B:いきなり何? 哲学?
A:もっと気楽に答えていいよ。ほら、旅に出る理由くらいだいたい百個くらいあるでしょ?
B:「くるり」の歌の歌詞だろそれ。知ってるぞ。
A:バレた? パクリなんです。ふふ。
B:佐野さんかよ!
A:冗談、縄談。でもマジで、人はなぜ旅に出ると思う?
B:難しいな。…やっぱ息抜きとか、世界遺産を見たいとか、買い物とかカジノかな。
A:おまえやっぱり弥生だな。なんにも分かってないな。
B:弥生じゃねえよ! なんでこんなことで「弥生」って言われなきゃならないんだよ!
A:いいか、人がなぜ旅に出るかっていうのはな、…住む所があるからなんだよ! 住む家があるから旅に出るんだよ。
B:えっ、どういうこと? とんち?
A:当たり前のことだろ、住む所が無かったら常に移動している状態になり、そもそも旅って概念が生まれようがないんだよ。
B:でも、人は誰だってどこかに住んでいるものじゃないか? 冬服とか卒アルとか荷物はどうするんだよ。あっ実家かな?
A:あのさ、実家に荷物を置きっぱなしの件は置いておいてさ、人が定住したのってどのくらい前だと思う?
B:えっ?
A:日本では縄文時代から定住が始まっているんだよ! だから約1万2、3千前くらいだ。人類の歴史が始まったのは約10万年前だとしたら8万から9万年くらいは住む場所が無かったんだよ。
B:えー家がない時代のほうが長かったんだ。
A:そう。だから逆説的に「旅」が始まったのは定住が始まったオレたち縄文時代からになるんだよ。
B:なんだか言葉のレトリックみたいだな、騙されている気がするよ。
A:じゃあ、ずーと移動してマンモスとか獲物を追いかけていたりさ、ちょっと滞在していたとしても1週間くらいだったとしたら、お前旅に出るか? すぐまたどこかに移動するんだぜ、それでも旅に出るか? 旅に出てどこに帰ってくるんだよ。1週間後そこには誰もいないぞ。
B:確かに。
A:旅が始まったのは縄文時代からということでいいな。もう文句言うなよ。
B:わかったよ。
A:じゃあなぜ旅に出るかというと、その理由は簡単。そもそも人間の体は旅に出るようになっているんだよ。だから旅に出たくなるのは当たり前なの。もう生理現象と一緒。食欲みたいなもの。
B:!
A:「縄文ZINE」第一号では哲学者の國分功一郎さんの著作『暇と退屈の倫理学』から「暇と退屈」の始まりは縄文時代だと、冒頭のエッセイに書いてあるけど、「旅」の始まりもやっぱり縄文時代からだったんだよ。これはもちろんおれの持論だけど、人間の体や生理は移動をするようにDNAに刻み付けられていたんだ。なにせ少なくとも8万年移動し続けていただんだぜ、8万年だぜ。8年とかじゃないぜ。移動することに向いていなければ8ヵ月だって8週間だって長過ぎるよ。旅行じゃなくて苦行だよ。もちろんそのころは今と比べて周りの環境が定住よりも移動生活向きの環境だったんだろうとは思う。それでも8万年だぜ。定住し始めて1万年経ったとしても、そう簡単にそのDNAは体からは抜けないよ。
B:でもいまでは全然旅とか興味ない人もいるよ。
A:もちろんそういう人もいるよ。定住してからの1万年はすごく長い時代だし移動生活をしなくなって久しいわけだから、そういう必要の無い機能や生理はその間にだいぶ薄れていっているんだと思う。
だからこそ、旅の好きな人ははっきり言って縄文寄りなんだと思う。何かのひょうしに旅に出ることを思い立ったり、とにかくここからどこかに行きたい、行ったことの無い場所や見たことの無い物を見たくてしょうがなくなったりする人って、そういうことなんだ。
B:てことは、人が旅に出る理由って?
A:理由は百個も無くて、記憶の奥底に眠っている移動への渇望、それだけなんだと思う。その渇望とは、今は見たことも無い人類が定住する前の「郷愁」なのかもしれない。
B:「郷愁」ね。
A:そう、日本を遠く離れてどこかの国の安宿で眠れない夜を過ごしたことがある人にはきっと分かると思う。
B:息抜きとか世界遺産とかカジノも郷愁?
A:おれの話聞いてた?